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なぜ「忘れた頃に」痛みは来るのか
激しい運動や慣れないトレーニングの翌日、あるいは翌々日に現れる、あの独特の痛み。これはいわゆる筋肉痛であり、学術的には遅発性筋痛(DOMS: Delayed Onset Muscle Soreness)と呼ばれます。
DOMSの特徴的な点は、運動直後にはほとんど痛みがないこと、つまり“空白の時間”が存在する点です。一般的には運動後8〜24時間で痛みが出始め、24〜72時間でピークを迎えます。
昔は「乳酸が溜まるから筋肉痛になる」と言われていました。ただ、今の運動生理学ではこの乳酸説は否定されています。乳酸は運動後の比較的短時間(おおむね1時間以内)で代謝され、濃度もすぐに平常レベルへ戻ります。数日後にピークを迎えるDOMSを、乳酸だけで説明するのは無理があります。
ここから先は、最新の知見を土台に、DOMSの痛みの正体がどこにあり、体の中(組織・細胞・分子)で何が起きているのかを、専門家の視点で噛み砕いて整理していきます。
筋肉痛の発生源は筋肉?筋膜?
筋肉痛という言葉のせいか、我々は「筋肉そのものが痛んでいる」と思ってしまいがちです。もちろん筋線維レベルの微細な損傷(たとえば筋節の境界にあるZ線の乱れ)は起こり得ます。ただし、損傷があることと「痛い」と感じることは同じではありません。
近年の研究では、DOMSで私たちが痛みとして感じている主役は、筋線維そのものというより、筋を包み込み、周囲の組織と境界をつくる筋膜(fascia)である可能性が指摘されています。
腰背部のDOMSを扱った研究(Brandl et al., 2024)では興味深い結果が出ていて、深部に圧をかけたときの痛みの指標(圧痛閾値)は大きく変わらなかった一方で、触診のような表層刺激に対しては過敏化がはっきり見られました。要するに、深い筋そのものが強く敏感になっているというより、より表層に近く神経支配が豊富な組織(筋膜など)が、痛みを増幅している可能性が高い、ということです。
DOMSの忘れた頃に出る痛みを成立させているのは、筋の損傷だけではなく、筋膜を含む周辺組織の感作(過敏化)が大きい。今はこのような見方が有力になっています。
分子レベルで見るメカニズム
DOMSを起こしやすい代表的な条件は、伸張性収縮(エキセントリック収縮)(筋肉が伸びながら力を出す動作)です。たとえば下り坂のランニングや、スクワットで身体を「下ろす局面」が典型例です。この刺激をきっかけに、筋内の細胞(例:サテライト細胞=筋の修復・再生を担う細胞)や炎症反応が関与し、痛みを伝える神経が感作(同じ刺激でも痛く感じやすくなる状態)していきます。Mizumura & Taguchiは、DOMSに関わる主要な経路として、少なくとも次の2系統を整理しています。
① B2ブラジキニン受容体―NGF経路
運動に伴い増えるブラジキニン(炎症に関わる物質)がB2受容体(ブラジキニンを受け取る受容体)に作用すると、サテライト細胞などから神経成長因子(NGF)(痛み神経の反応性を高める因子)の産生が促されます。NGFはTRPV1(痛みの受容に関わるイオンチャネル)などの働きを高め、主に鈍い痛みを伝えるC線維(ゆっくり伝わる痛みの神経)を過敏化させます。
② COX-2―GDNF経路
運動刺激によって炎症反応が進むと、COX-2(炎症に関わる酵素)が誘導され、グリア細胞株由来神経栄養因子(GDNF)(神経の働きを調整する因子)が増加します。GDNFはTRPV4(機械刺激などに反応するチャネル)やASIC(酸性環境に反応するチャネル)などに関与し、より鋭い痛みを伝えるAδ線維(速く伝わる“チクッ”とした痛みの神経)の感作につながると考えられています。
これらの物質は、運動直後に痛みを生むというよりも、「産生→周辺組織への作用→神経の感作」という段階を踏んで影響が表れます。そのため、運動直後ではなく、数時間〜1日以上遅れて痛みが立ち上がるというDOMS特有のタイムラグが生じるのです。
なぜ同じ刺激に対する痛みが減る?「反復運動効果」
一度強い筋肉痛を経験すると、その後しばらく(数週間〜数か月)、同じ運動をしても筋肉痛が起こりにくくなります。これは反復運動効果(Repeated Bout Effect: RBE)と呼ばれる、身体の適応現象です(Nosaka & Aoki, 2011)。
ここで重要なのは、「筋肉を破壊するほど追い込まないと得られない効果」ではない、という点です。近年は、工夫次第で低い負荷でもこの効果を引き出せることが分かってきました。実践ポイントは大きく2つです。
・筋肉が短い状態での運動よりも、長い筋長(Long muscle length)での等尺性収縮(アイソメトリック:関節角度をほぼ変えずに力を出す収縮)を行うこと。
・低強度のエキセントリック動作(筋肉が伸びながら力を出す動作)を事前に行うこと。
これらを「プレ・コンディショニング(本番前の慣らし)」として取り入れると、本番のトレーニングで生じる組織損傷や、それに伴う筋肉痛を大きく軽減できる可能性があります。
科学的なリカバリー法の比較
最新のランダム化比較試験(Wei et al., 2025)などの知見を踏まえ、代表的なリカバリー手法について、有効性と想定されるメカニズム、注意点を整理します。
| 手法 | 主な効果 | メカニズムと注意点 |
| マッサージ | 総合力が高い | 炎症関連指標(例:IL-6)の低下、CK値の上昇抑制、Ca2+恒常性の維持に寄与すると考えられます。筋の硬さ指標(Dm)の改善が大きい点も特徴です。 |
| 振動療法 | 反応性の改善 | 筋の収縮時間(Tc)の改善に焦点が当たりやすい手法です。とくに速筋(Type II線維)の動員や神経筋応答の改善を通じて、低下した筋の反応性を引き上げる可能性があります。 |
| 静的ストレッチ | 可動域(ROM)の回復 | 筋紡錘(筋の伸張を検知するセンサー)の感度や中枢性の抑制に関連し、可動域の回復を助ける可能性があります。やり過ぎは張力低下や一時的なパフォーマンス低下につながる場合があるため、強度と時間の調整が重要です。 |
| 電気刺激 | 除痛と筋力維持 | ゲートコントロール理論により圧痛閾値(PPT)が改善し、痛みの知覚を和らげる可能性があります。加えて、神経筋の再活性化を通じて筋出力回復を早めることが期待されます。 |
| 冷水浴 | 初期炎症の抑制 | 24時間以内の炎症反応(例:IL-6)の抑制には有効な可能性があります。一方で、72時間以降にCK値の再上昇(いわゆるリバウンド)を招き、回復過程(組織修復)に影響するリスクも指摘されます。目的(痛み軽減か、適応促進か)に応じた使い分けが必要です。 |
Tc(Contraction time):筋が刺激に反応して収縮するまでの時間です。DOMSではTcが遅くなり、動作の反応が鈍く感じられることがあります。
Dm(Displacement):刺激に対する筋の変形量で、筋の硬さを反映する指標の一つです。一般に値が低いほど筋が硬く、緊張が強い状態を示します。
今日からできるアクション
筋肉痛を「避ける」ではなく「賢くコントロールする」ために、今日からできる流れを下記にまとめます。
1)段階的に導入する(反復運動効果の活用)
慣れない種目は、いきなり高強度で追い込まないことが第一です。長い筋長でのアイソメトリックや、軽い負荷のエキセントリック動作を慣らしとして入れるだけで、数週間〜数か月続く保護効果(反復運動効果)を得やすくなります。
2)運動直後(0〜24時間):必要なら初期炎症を抑える
痛みや腫れ感が強く出そうなら、冷水浴などで初期の炎症反応(例:IL-6の上昇)を抑える選択肢があります。ただし、冷やし過ぎは回復(修復・適応)を遅らせる可能性もあるため、やるなら急性期に限定し、目的をはっきりさせて使い分けてください。
3)痛みのピーク(24〜72時間):硬さと反応性を戻す
痛みが出やすい時期は、マッサージや振動デバイスが有効な場面があります。炎症関連物質の処理や、筋の収縮特性・硬さ(例:Dm)の改善を通じて、動かしやすさを戻す後押しになります。やり過ぎは逆効果になることもあるので、「痛みが増えない範囲」で止めるのがコツです。
4)アクティブリカバリーを入れる
完全な安静より、血流が増える程度の軽い運動(ウォーキング、軽いバイク、低負荷の可動域運動など)の方が、一時的な鎮痛効果(運動誘発性鎮痛)が得られ、動作の回復が早まることがあります。ポイントは、頑張らないこと。楽にできる強度で止めてください。
筋肉痛は単なる「筋肉の悲鳴」ではなく、組織が適応して強くなろうとする過程の一部でもあります。正しい知識を土台に、トレーニングの質と回復の質を両立させていきましょう。
参考文献
• Nosaka, K., & Aoki, M. S. (2011). Repeated bout effect: research update and future perspective.
• Mizumura, K., & Taguchi, T. (2016). Delayed onset muscle soreness: Involvement of neurotrophic factors.
• Wei, M., Liu, X., & Wang, S. (2025). The impact of various post-exercise interventions on the relief of delayed-onset muscle soreness: a randomized controlled trial.
• Brandl, A., et al. (2024). Pain quality patterns in delayed onset muscle soreness of the lower back suggest sensitization of fascia rather than muscle afferents.
• Veqar, Z. (2013). Causes and Management of Delayed Onset Muscle Soreness: A Review.





