スポーツの指導現場では、長いあいだ反復ドリルを中心とした練習が当たり前のように行われてきました。いわゆる「マッスルメモリー」という言葉も、現場では、同じ動きを繰り返すことで技術が身体に染み込んでいく、という意味で使われることが多いと思います。
もちろん、反復そのものが悪いわけではありません。基本を身につけるうえで、繰り返しが必要な場面は確かにあります。ですが、現代のスポーツのように状況が絶えず変わり続ける世界では、それだけで十分かと言われると、少し立ち止まって考える必要があります。
試合の中では、相手の動き、味方との位置関係、空間の変化、時間的なプレッシャーなど、さまざまな要素が複雑に絡み合っています。選手は、そうした変化の中でその都度判断し、動きを調整しながらプレーしています。だからこそ、決まった形をきれいに再現する力だけでは、実際のパフォーマンスにはつながりにくい場面が出てきます。
そこで近年注目されているのが、「エコロジカル・ダイナミクス」という考え方です。これは、選手を単体で見るのではなく、選手と環境の関係の中でスキルを捉えようとする視点です。本稿では、なぜ従来の指導だけでは足りなくなってきているのか、そしてこれからの指導者にどのような役割が求められるのかを、現場の視点で整理してみたいと思います。
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なぜ従来の指導だけでは足りないのか
従来の指導では、複雑なプレーを細かい要素に分けて、それぞれを切り出して練習する方法がよく使われてきました。たとえばバスケットボールでいえば、ディフェンスのいない状態でのシューティング練習が分かりやすい例です。こうした練習は、フォームを確認したり、一定の感覚を身につけたりするうえでは意味があります。
ただ、その一方で、実際の試合で本当に必要になる情報が抜け落ちやすいという問題があります。試合では、ディフェンダーとの距離、プレッシャーの強さ、味方の位置、空いているスペース、時間の余裕など、さまざまな情報を受け取りながらプレーを選んでいます。ところが、切り出されたドリルでは、そうした情報がかなり削られてしまいます。結果として、練習ではうまくできても、試合になると同じようには発揮できない、ということが起きやすくなります。
ここで改めて考えたいのが、「反復」という言葉の意味です。現場ではよく「反復が大事」と言われますが、その反復が、まったく同じ動作を機械的に繰り返すことだけを指しているなら、少し捉え方が狭いかもしれません。
ベルンシュタインは、「繰り返しのない反復」という考え方を示しました。これは、同じ動きをそのまま何度もなぞるのではなく、毎回少しずつ条件が変わる中で、同じ課題を解決していくことに意味がある、という考え方です。
たとえば、毎回まったく同じ位置から、同じタイミングでパスを受けてシュートを打つのではなく、位置やタイミングが少しずつ変わる中でシュートを打つ練習の方が、試合に近い学習になります。大事なのは、同じ形を守ることではなく、変わり続ける状況の中でうまく対応できることです。
エコロジカル・ダイナミクスとは何か
エコロジカル・ダイナミクスは、スポーツにおけるスキルを、選手の中だけにある能力として見るのではなく、選手と環境の相互作用の中で捉える考え方です。少し難しく聞こえるかもしれませんが、現場に引きつけて言えば、「良い動き」は頭の中であらかじめ完成されたものがあるのではなく、その場の状況との関係の中で生まれてくる、という見方です。
この考え方では、分析の単位は選手個人ではありません。あくまで「選手と環境」をひとつのまとまりとして考えます。どれだけ能力の高い選手でも、環境との噛み合い方が悪ければスキルはうまく発揮されません。逆に、環境との関係をうまく捉えられる選手は、限られた条件の中でも高いパフォーマンスを出すことができます。
この枠組みを理解するうえで、押さえておきたい概念がいくつかあります。その中でも特に重要なのが、「アフォーダンス」「制約」「自己組織化」です。
アフォーダンスとは、簡単に言えば、環境の中にある「行為の可能性」のことです。たとえばサッカーで、相手の守備の間にスペースが生まれたとき、その空間はドリブルやパスの可能性として選手に立ち現れます。選手はただ景色を見ているのではなく、その中にあるプレーの可能性を感じ取っています。だから指導者には、選手がそうした可能性を見つけやすい環境を作ることが求められます。
次に制約です。制約とは、選手の動きを方向づける条件のことです。身長や筋力、経験のような選手自身に関わるものもあれば、天候やグラウンドの状態のような環境に関わるものもあります。そして、ルールや人数、コートの広さ、使う用具、練習の目的のように、指導者が設定しやすいものもあります。制約という言葉には少し窮屈な印象があるかもしれませんが、実際には、選手の学習を引き出すための大切な手がかりになります。
そして自己組織化です。これは、動きが外から細かく指示されて作られるのではなく、さまざまな条件の組み合わせの中で、選手自身が自然に解決策を見つけていく現象のことです。たとえば、コートの幅を少し狭くしただけで、選手が自然と縦への突破を選びやすくなることがあります。コーチが一つひとつ「こう動け」と言わなくても、環境が変わることで、選手の動きも変わっていくのです。
指導者の役割は「教える人」から「環境をつくる人」へ
この視点に立つと、指導者の役割も少し変わってきます。これまでの指導では、正しい答えを知っている人が、それを選手に教える、という構図が中心でした。もちろん、それが必要な場面もありますし、すべてを否定する必要はありません。
ただ、適応が求められるスポーツの現場では、それだけでは足りません。これからの指導者により求められるのは、選手が自分で情報を拾い、自分で試し、自分で調整していけるような環境をつくることです。言い換えれば、「答えを与える人」から「学びが生まれる場を設計する人」へと役割が広がっていく必要があります。
そのとき大切になるのが、意図、注意、較正という3つの視点です。
まず意図です。選手が、いま何を目指してその練習をしているのかが明確であることはとても重要です。目的が曖昧なまま練習をしても、動きは散りやすくなります。たとえばサッカーのカウンター練習でも、「速く攻めよう」という言葉だけでは抽象的すぎます。「奪ってから5秒以内にゴールへ迫る」といったルールを設定した方が、選手の意図ははっきりします。
次に注意です。熟練した選手ほど、重要な情報にうまく注意を向けています。ただボールや相手を見ているのではなく、その前に起きている小さな変化を拾っています。相手の重心、身体の向き、味方の準備動作など、次の展開につながる情報への感度が高いのです。ここでも大事なのは、指導者が言葉だけで「ここを見ろ」と教えることではなく、そうした情報に自然と気づけるような状況を作ることです。
そして較正です。選手の身体や状態は常に一定ではありません。疲労、成長、コンディション、使う用具、環境の変化によって、自分にとってやりやすい動きは少しずつ変わります。その変化に合わせて、知覚した情報と動きをすり合わせていく力が必要になります。スポーツでは、毎回まったく同じ身体、まったく同じ環境でプレーしているわけではないからです。
この3つは別々に存在するのではなく、つながっています。意図がはっきりすれば、注意の向け方が変わります。注意の向け方が変われば、調整の質も変わります。現場では、この流れを一つのまとまりとして見ていくことが大切です。
理論をどう練習に落とし込むか
良い練習を考えるうえで大切なのは、その練習が本番らしさを持っているかどうかです。見た目が似ているかどうかだけではなく、選手が受け取る情報や、判断を迫られる構造まで含めて、試合に近いかどうかが問われます。
たとえば、試合で必要になるスキルを本当に伸ばしたいのであれば、練習の中にも試合と同じような情報が入っている必要があります。気候やピッチの状態、相手のプレッシャー、得点差、時間帯など、本番で選手の判断に影響するものを、どこまで練習の中に持ち込めるかが重要になります。
分かりやすい例として、バスケットボールのシューティングを考えてみます。ディフェンスなしの反復シュートには、感覚を整える意味があります。ただ、それだけでは、試合で最も大きな影響を与える要素の一つである「守られている」という情報がありません。そこにディフェンダーを一人入れるだけで、練習の性質はかなり変わります。選手は、相手との距離やタイミングに応じて、打つか、待つか、ずらすかをその場で調整しなければならなくなります。その瞬間、練習は単なる反復から、状況に適応する学習へと変わっていきます。
大事なのは、指導者がすべてを言葉で修正しようとしないことです。環境を少し変えるだけで、選手の動きが自然に変わることがあります。制約をどう置くかによって、選手は自分なりの解決策を探し始めます。その探索を引き出せるかどうかが、練習デザインの質を左右します。
それでも、現場は簡単ではない
ここまで読むと、エコロジカル・ダイナミクスはとても魅力的に見えるかもしれません。実際、指導の見方を広げてくれる考え方だと思います。ただ、一方で、これをそのまま万能の答えのように扱うのも違うはずです。
現場では、悩ましい場面がいくらでもあります。選手のエラーをどこまで見守るべきか。すぐに修正すべきミスなのか、それとも学習の途中で起きる必要な揺らぎなのか。いわゆる悪い癖のような動きが見えたときに、どこで介入するのか。経験の浅い指導者は、どの制約を、どの程度、どう変えればよいのかをどう学んでいくのか。こうした問いには、きれいな正解があるわけではありません。
だからこそ、指導者自身が観察し、考え、試し、また見直すという姿勢が大切になります。エコロジカル・ダイナミクスは、簡単なマニュアルを与えてくれるというより、指導者により深い観察力と設計力を求める考え方だと言えるかもしれません。
結論
エコロジカル・ダイナミクスが教えてくれるのは、指導の焦点を少し変えてみよう、ということです。理想のフォームを外から教え込むことだけに力を使うのではなく、選手がその場に応じて適応的な動きを生み出せるような環境をどうつくるか。そこに、これからの指導の大きな可能性があります。
そしてもう一つ大事なのは、学習とパフォーマンスを切り離して考えすぎないことです。選手は、学んでから実践するのではなく、実践しながら学び、学びながら適応しています。だから練習は、ただ知識を入れる場ではなく、環境との関係の中でプレーを磨いていく場であるべきだと思います。
教えることが不要になるわけではありません。ただ、指導者の価値は、答えを先回りして与えることだけではなくなっています。選手が自分で気づき、自分で選び、自分で調整していけるように、どんな環境を用意するか。そこに、これからの指導者の役割があるのではないでしょうか。
引用・参考文献
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