私たちが手を動かし、足で歩き、口で話すとき、脳の中では何が起こっているのでしょうか。これらすべての動作は、大脳皮質の一次運動野(M1)と呼ばれる領域によって制御されています。

一次運動野は、大脳皮質の前頭葉に位置する脳領域で、意識的な運動の司令塔として機能しています。解剖学的には中心前回という脳溝の前壁に沿って細長く配置されており、左右の大脳半球にそれぞれ存在します。この領域から発せられた運動指令は、脊髄を通って全身の筋肉へと伝達され、私たちの意図した動作を実現します。

一次運動野の最も重要な特徴は、身体の各部位に対応した神経細胞が規則正しく配列していることです。頭頂部に近い領域は足や下肢を、中央部は手や上肢を、そして下部は顔や口を制御するという、明確な身体対応関係が存在します。興味深いことに、この対応関係は身体部位の物理的な大きさではなく、運動制御の精密さに比例しています。そのため、手や口といった細かな動作を要求される部位は、運動野においてより大きな領域を占めています。

また、一次運動野は単独で機能するのではなく、補足運動野や前運動野といった他の運動関連領域、さらには小脳や大脳基底核などの皮質下構造と密接に連携しています。これらの神経ネットワークが協調することで、滑らかで目的に適った運動が可能になります。

長い間、脳科学者たちはこの一次運動野を「ホムンクルス」と呼ばれる連続的な身体地図として理解してきました。しかし、最新の高精度脳画像技術による革新的な研究が、この100年近く信じられてきた概念を根本から覆そうとしています。

今回ご紹介する研究は、私たちの運動制御に対する理解を一変させる発見を報告しており、脳科学の教科書を書き換える可能性を秘めています。

紹介論文
Gordon EM, Chauvin RJ, Van AN, Rajesh A, Nielsen A, Newbold DJ, et al.. A somato-cognitive action network alternates with effector regions in motor cortex. Nature. 2023;617(7960):351-359. doi:10.1038/s41586-023-05964-2.

ペンフィールドが描いた小人の地図

1930年代から1940年代にかけて、カナダの脳神経外科医ワイルダー・ペンフィールドは、てんかん患者の手術中に大脳皮質に電気刺激を加える実験を行いました。刺激した部位によって異なる身体部位が動くことを発見し、脳の運動野には身体の各部位に対応する「地図」が存在することを明らかにしました。ペンフィールドはこの発見を「ホムンクルス」として図式化し、一次運動野が足から顔まで連続的な身体地図を形成するという概念が生まれました。

図1:ペンフィールドによるヒト一次運動野の感覚野(左)、運動野(右)の地図(Wikimedia Commonsより)。体部位再現とも呼ばれる。

このホムンクルスモデルは、現在でも多くの医学教科書に掲載され、運動野の基本的な組織化原理として教えられています。医学生なら誰もが見覚えのある、口や手が異様に大きく描かれた奇怪な人形の図は、まさにペンフィールドの発見を視覚化したものです。このモデルは、脳の運動野における身体表現の理解において、約100年間にわたって支配的な理論でした。

しかし、時が経つにつれて、このシンプルなモデルでは説明できない現象が次々と報告されるようになりました。サルを使った詳細な研究では、運動野の組織化が単純な一列配列ではなく、より複雑な構造を持つことが示されました。特に、身体部位の表現が同心円状に配置されている可能性や、複数の身体部位を同時に動かす複合動作を引き起こす領域の存在が報告されていました。

脳の神経線維のつながりを調べる研究により、運動野は前部の「古い」運動野と後部の「新しい」運動野に分けられることも明らかになっていました。前者は粗大運動制御を担い、後者は精密運動制御に特化しているとされました。これらの発見は、従来のホムンクルスモデルだけでは運動野の真の組織化を説明しきれないことを示していました。

革新的な観察手法が明かした真実

この研究の核心となったのが、高精度機能的MRIという革新的な手法でした。従来の脳画像研究では、多数の被験者から比較的短時間のデータを収集して平均化することが一般的でしたが、この研究では全く異なるアプローチを採用しました。少数の被験者から極めて長時間の詳細なデータを収集する手法で、安静状態の脳活動を172分から1,813分という膨大な時間にわたって記録し、課題遂行中の脳活動も353分という長時間にわたって観察しました。これは従来の研究と比較して10倍以上のデータ量に相当します。

さらに、空間解像度も2.4mmという高精度を実現し、これまで見えなかった脳の細かな機能的構造を可視化することが可能になりました。この詳細な観察により、従来のモデルでは見落とされていた運動野の隠された構造が次々と明らかになったのです。

研究の信頼性を確保するため、この発見が偶然の産物でないことを確認する大規模な検証も実施されました。Human Connectome Project、Adolescent Brain Cognitive Development study、UK Biobankという3つの大規模データセットを用いて、合計約5万人という膨大な被験者数での解析が行われ、発見の普遍性と信頼性が確保されました。

さらに包括的な理解を得るため、マカクザルでの同様の解析により進化的保存性が検証され、新生児から小児、成人まで各発達段階での運動野の変化が追跡されました。周産期脳卒中患者での代償機構の解明も行われ、これらの多角的アプローチにより、発見の生物学的意義と臨床的応用可能性が明らかにされました。

隠されていた二つの世界

この詳細な観察により、一次運動野の真の姿が浮かび上がってきました。従来考えられていたような連続的な構造ではなく、機能的に異なる二つのシステムが交互に配列していることが明らかになったのです。

一つは従来から知られていた足、手、口といった特定の身体部位に特化した領域でした。これらのエフェクター特異的領域は、対応する身体部位の運動時に強く活動し、同側および対側の一次体性感覚野との密接な機能的結合を示しました。これは従来のホムンクルスモデルで予測される通りの結果でした。

しかし驚くべきことに、これらの領域の間には全く異なる特徴を持つ3つの領域が存在することが発見されました。これらの「インターエフェクター領域」は、互いに強い機能的結合を持ち、中心前回を下降する連結鎖を形成していました。まるで、従来知られていた運動野の「島」の間を結ぶ「橋」のような存在として機能していたのです。

インターエフェクター領域は、エフェクター特異的領域とは対照的な特徴を示しました。皮質厚が有意に薄く、前頭前皮質に類似した構造的特徴を持っていました。また、髄鞘化パターンも異なり、明らかに異なる種類の神経組織であることが示されました。

最も重要な発見の一つは、インターエフェクター領域がシンギュロ・オペルキュラーネットワークとの強い機能的結合を示したことでした。このネットワークは目標指向的な認知制御、生理的制御、覚醒、エラー処理、疼痛処理などに重要な役割を果たすことが知られています。具体的には、補足運動野、背側前帯状皮質、前頭前皮質、島皮質、線条体の背外側被殻、視床の正中中心核、小脳の特定領域との結合が確認されました。

機能的にも、これらの領域は従来の運動野とは異なる特性を示しました。動作計画段階で活動が増加し、体幹運動で活動する一方で、特定の精密運動には特化していませんでした。複数の身体部位の運動で同時活動するという、まさに統合的な機能を持っていることが明らかになったのです。

身体と心を結ぶ新しいネットワーク

これらの発見を統合し、研究チームは新しい概念「Somato-Cognitive Action Network」を提唱しました。このネットワークは、単なる運動制御を超えた、より包括的な機能を担っていることが示唆されました。

まず、全身的な行動計画において中心的な役割を果たしていることが明らかになりました。複数の身体部位を協調させる運動の計画、姿勢制御と軸性運動の調整、手と足の協調動作の実行など、単一の身体部位では完結しない複雑な運動制御を担っていました。

さらに驚くべきことに、このネットワークは生理的制御にも関与していることが示されました。内臓機能の調整、特に副腎髄質の活動制御、呼吸と発話の協調、血圧や自律神経系の調整など、従来の運動野の概念を大きく超えた機能を持っていました。これは、運動制御が単に筋肉を動かすだけでなく、全身の生理状態を統合的に調整するシステムの一部であることを示しています。

最も興味深い発見は、このネットワークが心身統合機能を担っていることでした。運動制御と認知機能の橋渡し、情動と運動の統合、そして行動予測に基づく生理的準備など、心と体を分離して考えるのではなく、統合されたシステムとして理解する必要性が示されました。

同心円が描く新しい身体地図

従来のホムンクルスモデルでは、身体部位が頭から足まで線形に配列していると考えられていました。しかし、詳細な課題実験の解析により、実際の組織化は同心円状であることが明らかになりました。

各エフェクター領域において、中心部に指、つま先、舌などの遠位部が配置され、周辺部に肩、股関節、顎などの近位部が広がる構造が確認されました。足、手、口のそれぞれが独立した同心円を形成し、その境界部分にインターエフェクター領域が配置されていました。この同心円構造は、霊長類で報告されていた組織化原理と一致し、進化的保存性を示唆していました。

図2:ペンフィールドによる従来のホムンクルス(左)と、新たに提唱されたホムンクルス(右)

この発見により、運動野の組織化は単純な一次元的配列ではなく、より複雑で効率的な三次元的構造を持つことが明らかになりました。中心から周辺への精密度の段階的変化と、境界での統合機能という、洗練された設計原理が浮かび上がってきたのです。

医学と技術への新たな扉

この発見は、医学と技術の分野に革新的な可能性をもたらしています。脳卒中リハビリテーションの分野では、従来の理解では説明困難だった粗大運動の早期回復が、新たに発見されたネットワークによる代償機構で説明できる可能性が示されました。精密運動の回復が困難な一方で、全身協調機能が比較的早期に改善する現象は、このネットワークの機能的特性と合致しています。

パーキンソン病の理解においても新たな視点が提供されました。この疾患の多様な症状、すなわち運動症状、自律神経症状、認知症状は、新しいネットワークとシンギュロ・オペルキュラーネットワーク(脳内の複数の領域が連携して形成する機能的ネットワークの一つ)の機能不全として統一的に理解できる可能性があります。これまでバラバラに考えられていた症状が、実は共通の神経基盤の障害として説明できるかもしれません。

脳-コンピュータ・インターフェースの分野でも大きな変革が期待されます。新しく発見された領域は全身運動の調整に関わるため、従来の特定身体部位に限定されたインターフェースを超えた、より包括的な運動制御システムの開発が可能になる可能性があります。

脳腫瘍摘出術などの外科手術においても、新たな考慮事項が生まれました。従来重要視されていた精密運動制御領域だけでなく、全身協調機能を担う領域の温存がより重要である可能性が示唆されています。これらの領域の損傷は、日常生活における全身協調機能に深刻な影響を与える可能性があるからです。

心と体を結ぶ架け橋

この発見は、心身統合の神経科学的基盤を理解する上で重要な手がかりを提供します。新しいネットワークは、行動予測に基づく生理的準備の神経基盤として機能している可能性があり、これは心と体が分離したものではなく、統合されたシステムとして機能していることを示唆しています。

シンギュロ・オペルキュラーネットワークとの密接な結合により、このシステムは情動状態と運動制御を橋渡しする役割を担っている可能性があります。これは、感情が身体的表現を通じて現れるメカニズム、つまり私たちが喜びで跳び上がったり、悲しみで肩を落としたりする現象の神経学的基盤を説明するかもしれません。

また、このネットワークの理解は、運動と認知、感情の相互作用についても新たな洞察を提供します。運動が認知機能や情動状態に影響を与える現象、例えば運動による気分改善効果やストレス軽減効果についても、神経レベルでのメカニズムの理解が深まる可能性があります。

終わりに:未来への課題と展望

この画期的な発見は、同時に多くの新たな研究課題を提起しています。新しいネットワーク内の3つの領域間の機能的違いについて、さらなる詳細な解析が必要です。既に中部領域が視覚野との強い結合を示すことが報告されており、手と眼の協調における特殊な役割が示唆されていますが、各領域の特異的機能の解明は今後の重要な研究テーマです。

発達的な観点からも興味深い問題が残されています。生後11ヶ月でこの構造が出現し始めることが確認されていますが、その発達的変化の詳細なメカニズムや、環境要因がどのように影響するかについては未解明です。また、加齢に伴うこれらの領域の変化や、その機能的意義についても今後の研究が待たれます。

臨床応用に向けては、個人差の理解が重要な課題となります。高精度の個人レベルでの解析が可能になった一方で、新しいネットワークの個人差とその臨床的意義については、さらなる研究が必要です。また、このネットワークを標的とした治療介入の効果について、臨床試験による検証が求められます。

脳科学の新たな地平

この研究は、100年近く続いたホムンクルスモデルを根本から見直し、運動制御の新しい理解を提示しました。一次運動野が単なる身体地図ではなく、精密制御と全身統合の二重システムとして機能していることが明らかになったことは、神経科学における重要なパラダイムシフトを意味します。

新しいネットワークの発見は、運動制御、認知機能、生理調整が統合されたシステムとして機能していることを示し、心身統合の神経科学的基盤を理解する新たな視点を提供しています。今後、この知見を基にした治療法の開発や、より効果的なリハビリテーション戦略の構築が期待されます。

私たちの脳がいかに精巧で統合されたシステムとして機能しているかを改めて認識させるこの発見は、人間の運動制御に対する理解を新たな段階へと押し上げました。従来の単純な身体地図という概念から、心と体を統合する複雑で洗練されたネットワークシステムへと、私たちの理解は大きく発展しました。

科学の歴史において、既存の理論を覆す発見は常に新たな可能性の扉を開いてきました。この運動野研究もまた、医学、工学、心理学など様々な分野に波及効果をもたらし、人間の理解をより深いレベルへと導いていくことでしょう。