妊娠中の女性がトレーニングを行う事には母体、胎児の双方にメリットがあります。
母体では主に出産後の体力レベルの早期回復、生まれてくる胎児では出産時のストレスに適応しやすくなるなどです。
しかし、当然妊娠中の女性は通常時に比べて運動能力が低く思わぬ危険が潜んでいるため、トレーニングはより慎重に、計画的に行わなければなりません。
今回は妊婦さん向けにトレーニングのメリットや注意点、具体的なトレーニング方法を解説していきたいと思います。
Contents
妊娠による身体の変化
具体的なトレーニングのメリットや方法の前に、まず妊娠により女性の身体にどの様な変化が起きるかを見ていきましょう。
予備知識として頭に入れておくことで、変化を感じた際にも冷静に対処することができます。
酸素消費量の増加による体力レベルの低下
妊娠中は安静時の酸素量が通常より10〜20%ほど高くなります。
これにより運動時に使える酸素量が相対的に減るため、階段の昇り降りなどの有酸素運動においてのパフォーマンスが低下し、疲れやすくなります。
また、胎児が大きくなるにつれて横隔膜の動きが妨げられ、呼吸をする際により多くの力が必要となるため、これもまた疲労感が大きくなる要因となります。
靭帯がゆるむ
妊娠中はリラキシンというホルモンが分泌され、その作用により靭帯が緩まり関節の柔軟性が増します。
これは胎児が胎盤を通過しやすくするために起こるものです。
柔軟性が増すのは利点ですが、腹部が大きくなったり重心が移動する事により、バランスを崩す危険性も高まるため注意が必要です。
栄養吸収力の向上
妊娠中はインスリンの分泌が高まります。
インスリンは膵臓のランゲルハンス島のβ細胞から分泌され、血中の糖を肝臓や筋肉に取り込む他、その他の栄養素の吸収を助けるホルモンです。
このインスリンの分泌が増える事により、胎児への栄養の供給を助けます。しかし栄養素が足りていない場合は、母体の低血糖を招きます。
低血糖状態では疲労感、吐き気、目眩などが起こるため注意が必要です。
代謝の増加
妊娠中は通常に比べて1日あたり約300kcal消費エネルギーが増加します。
これは妊娠によって酸素摂取量が増えることや、体温が上昇することよって起こるものです。
特に運動中の炭水化物の消費の割合が増えるため、糖質カットや極端なカロリー制限は避けなくてはなりません。
三大栄養素の配分を考えたバランスの良い食事が必要となります。
妊婦さんがトレーニングを行うメリット
ここからは、妊娠している女性がトレーニングを行う具体的なメリットをご紹介していきます。
母体への影響
心臓血管系、骨格筋の機能向上
トレーニングを行うことで血管の抵抗を減少させて血圧を低下させたり、筋力を高めることができます。
妊娠糖尿病リスクの軽減
運動不足による体重増加は糖尿病のリスクを高めます。
それまで糖尿病でなかった人が、妊娠した事によって糖尿病を発症するのを妊娠糖尿病と呼びます。
スペインでの妊婦約2,800人を対象にした研究では、トレーニングを習慣的に行ってる場合では妊娠糖尿病の発症リスクが30%も低下しました。
産褥期(さんじょくき)の回復促進
産褥期とは、妊娠によって変化した身体が分娩後に元の状態に戻っていく期間です。妊娠中からトレーニングを行っておくことで、回復力を高めることができます。
腰痛の軽減
妊娠中は胎児が大きくなるにつれて身体の重心が変化します。また、前述の通りリラキシンというホルモンの作用により、骨盤や股関節が緩み不安定になります。
これらは身体を動かす際のバランスに悪影響を与えます。
身体のバランスが崩れると腰痛などに繋がる可能性が非常に高くなります。
トレーニングを習慣的に行うことで身体をコントロールしやすくなるほか、体幹深部にある筋群を刺激できるため、体幹の安定化により腰痛の軽減に役立ちます。
体重増加の軽減
適切なトレーニングを実施することで、妊娠中の筋肉量の低下を最小限に抑えることができ、それが消費カロリーの減少を防ぎます。
体重の増減はカロリーの収支で決定するため、筋肉量の維持が体重増加を防ぐことに繋がります。
また、体重や脂肪の増加を最小限に抑えることは分娩をより軽く、短時間に済ますことにも繋がります。
妊娠時のストレス、憂鬱の軽減
トレーニングなど運動を行うことで、セロトニンの分泌による心理的健康状態の改善に繋がります。
生活習慣の意識の向上
適切なトレーニング習慣を身に付けることは、生活習慣の意識をより高めることに繋がります。
特に妊娠中は自分の身体だけでなく胎児の状態にも気を配る必要があります。
適切なトレーニング習慣を身に付けることで、トレーニング効果を無駄にしないために食事への意識が高まり、睡眠への意識が高まるはずです。
胎児への影響
妊婦がトレーニングを行うことは、胎児へ良い影響を与えることも分かっています。
- 酸素の運搬と二酸化炭素の排出の促進
- 母体の対応上昇により、胎児の熱放散を減少
- 分娩時のストレス適応能力の向上
トレーニング時の注意点
大前提:妊娠している女性は、運動の目標が体力の向上ではなく、体力の低下を最小限に抑えること。
無理な高強度運動は母体、胎児双方へ悪影響を及ぼします。
下記ガイドラインを参考にしてください。
妊娠中のトレーニングガイドライン・やってはいけない動きなど
- 毎日30分以上の適度な強度のトレーニングを実施する
- 妊娠初期(12週目付近)までは高強度なトレーニングは控える(楽に感じる程度の低強度なものであればOK)
- 妊娠3ヶ月以降は仰臥位(仰向け)でのトレーニングは避ける
- 疲労困憊になるまで行わない
- 腹部への衝撃が伝わる動作、転倒の危険がある動作は避ける
- コンタクトスポーツ(プレイヤー同士の接触を伴うスポーツ)は避ける
- 動作中の呼吸のコントロールを練習し、息をこらえることは避ける
- バリスティック動作(反動を使った動作)や高強度のトレーニングは避ける
- 低負荷高回数(12~15回を1~2セット)で行う
- RPE12~14程度の強度で行う(後述)
具体的なトレーニング方法
主観的運動強度(RPE)を用いる
主観的運動強度とはスウェーデンの心理学者ボルグによって考えられたもので、ボルグスケールともよばれます。
これは、運動中に自分がどの程度のキツさを感じているかを、6〜20の数字で評価するものです。
妊娠中のトレーニングは、このボルグスケールが12〜14になる様に強度を調整します。
また、心拍数は140~150を超えない様に調整する必要があります。
ウェアラブルデバイスがあればそちらで測定し、ない場合は上記の主観的運動強度を参考にしてみてください。
有酸素運動
有酸素運動の場合は主観的運動強度が11~13に収まる程度の強度で下記の運動を行いましょう。
- ウォーキング
- エアロビクス
- スイミング
- エアロバイク(妊娠後期は転倒のリスクがあるので避ける)
無酸素運動(筋力トレーニング)~大筋群、骨盤底筋群、体幹深部の筋群を鍛える~
適切な強度の筋力トレーニングは、妊娠中の体力、筋力レベルの低下を減少させることができます。
〇ケーゲル練習法(骨盤低筋群)
骨盤低筋群を鍛えるトレーニングです。
骨盤底筋群の収縮と弛緩を身体に覚えさせることができるため、
産後の尿漏れの軽減や、よりスムーズな胎児の出産を可能にします。
<トレーニング方法>
- 仰向け、ソファーに座るなど、楽に感じる姿勢をとります。
- その状態で肛門と膣を締めるように5秒間力を入れた後、緩めます。
- 12~15回程度繰り返します。
〇キャットカウ
体幹深部の筋群を強化することに加え、股関節や臀部の筋群を緩める効果があります。
<トレーニング方法>
- 両手両膝を付き、四つん這いになる
- 息を吸いながら背筋を伸ばして肩甲骨を寄せる
- 息を吐きながら背中を丸めていき、肩甲骨を離す
- 無理のない範囲で12~15回程度繰り返す
〇スクワットwithローテーション
股関節の柔軟性向上、臀部のほか全身の筋群、筋膜を刺激するトレーニングです。
<トレーニング方法>
- 脚を肩幅より広く開いて立ち、両手にチューブもしくはタオルを持て頭上に掲げる
- 息を吸いながらしゃがんでいき、両手を胸の前に出す
- 息を吐きながら立ち上がり、身体を片側に捻りながら両手を頭上に挙げる
- 無理のない範囲で左右交互に12~15回程度繰り返す
負荷が強くて難しい場合はチューブは持たず、両手でテーブルなどの台を掴んで支えにしながら行っても良いでしょう。
まとめ
- 妊婦が習慣的にトレーニングを行う事は、母体、胎児の双方にとって良い影響をもたらす。
- ただし、妊娠中のトレーニングは体力レベルの向上を目的とするのではなく、あくまで体力レベルの低下を最小限に抑える事が目的。
- そのため運動強度は高くし過ぎず、楽〜ややきつい程度に留める。
- トレーニングは大筋群、体幹深部、骨盤底筋群をターゲットにして行う。
- これにより体重増加の軽減、分娩をスムーズに行う、出産後の体力レベルの早期回復などのメリットを享受できる。
参考
- Guidelines and Practical Tips for Training the Prenatal Client Erica Ziel, Katie M. Smith,
- 『NSCAパーソナルトレーナーのための基礎知識 –Roger W. Earle (編集), Thomas R. Baechle (編集), 福永 哲夫』